はじめに
聴いた曲はシングル「Dis-Love Song」収録3曲と,アルバム「Hikikomori Songs」収録13曲です.
振り返ると全体を通して,ひょんさんのとても聴きやすい歌声に乗せてやってくる巨大な質量のメッセージを楽しむという聴き方をしていたような気がします.
例えるならスムージーを飲んでいたら大粒の果肉が入っていたような感覚で.そのたび咀嚼をするのだけど,僕はその加工無しで丸ごとそのままの,酸味や渋みも残った果実の味が大好きでした.勧めてくれて貸してくれた某友人ありがとう.
以下,一曲ずつ思ったことを書きます.多分歌詞のことがメインになります.
シングル「Dis-Love Song」
Dis-Love Song
とても具体的で個人的な感情なので,分かるとか共感するとか安易には言えないです.でも僕はこの曲に勝手に自分を重ねて,勝手に自分の歌として聴いて,救われました.
劣等感を否定したら,それにより形成された今の僕も否定されてしまう.でも肯定されるようなものでもない訳で.僕にとってこの曲は,そんな行き場の無い感情に緩やかに連帯してくれる大切な曲になりました.
ブレイク部分の「すくっても零れるから」というフレーズが一番胸に刺さりました.というか泣きそうになりました.諦めの歌詞だけど胸に流れてくるのはむしろ諦めなかった日々の重みで,諦めたこと,諦めたくなかったこと,諦めたいこと,諦められないこと,色んなことがフラッシュバックしました.
そこでバンド演奏が合流して,無理やり「脳はすごい〜」と曲に意識が引き戻されました.もうその後は歌詞なのか自分のことなのかもぐちゃぐちゃな思考のまま最後まで聴きました.
最初に聴き終えたとき,「Dis-Love Song」というタイトルは「愛なんて歌わないよ」「愛の唄ディスってさ」という歌詞のことであると思いました.それはもうラブソングに中指を立てるような.しかし次に流れる2曲は正真正銘のラブソングだったので,いや待てそんな歌だったか?と考え直しました.
そして決してただ吐き捨てただけではない「Dis」にいろんな深みがあることこそがこの曲の魅力なのだと今は思っています.
たとえば歌詞カードを見ると随所に取り消し線が引かれています.「容姿」,「才能」...そんな自分を愛せない理由を黒塗りにして誤魔化した上で成立する「愛」など無いのだと言っているように僕は感じます.その上でいわゆる「愛」をディスっているのか,そこからはみ出てあぶれてしまう大切な感情を自嘲的に「これはDis-Loveだ」と言っているのか…どちらかに断ずることのできないところも深みだと思います.
もし後者なら,否定するんじゃなくて「じゃあ僕の感情もDis-Loveだ」と共鳴したい.それが先述した緩やかな連帯感で,僕にとってはこの曲がこの世に存在していることが救いです.
ひょんさんの歌い方もこの曲が断トツで好きです.荒々しいとも違う真に迫る歌で,シャッフル再生で流れてきても無理やりに感情移入させられるような,そんなパワーを感じます.
Life is like a Melody
すごいものと出会ってしまったなという感じです.これが一番の個人的なヒットでした.イントロからアウトロまでのメロディラインが全て綺麗で,歌詞も美しくて素敵です.力強くも繊細なところに心打たれます.
「穏やかな風が吹くこの夏を 僕らだけの歌と名付け大切に仕舞った」というフレーズが本当に美しくて,聴いた日はもう何度も口ずさみました.
後半は特に,人生の大切さを強く訴えてくる内容で,智代アフターを知らずとも感動できるけどこれ知ったらどうなってしまうんだ…となっています.
Dis-Love Songも麻枝さんにしか書けないなと思いましたが,この曲も全く違うベクトルですがそう思いました.
ひょんさんの歌声が優しい情景をすごく現出させていて,原曲は聴いていませんがこれを超えることあるか?とすら思います.
この曲は唯一原曲を知っていたのですが,こっちもいい!と思いました.このシングルちょっと凄すぎません?去年のWBC日本代表くらいドリームチームだと思うんですが.
バンドアレンジだけど切実さを一つも手放していなくて,むしろ曲の盛り上がりに爆発力を与えているような素晴らしい編曲だと感じました.男性ボーカルであることもこのカバーの大きな意義だと思います.
アルバム「Hikikomori Songs」
Birthday Song=Requiem
友人がよく麻枝さんについて「諦念」という軸で語ってくれるんですが,この曲を聴いて鈍い僕でもさすがに納得できました.世界には変わるものと変わらないものがあって,麻枝さんはいつも変わらないものを真ん中に据えて,そこに変わっていく(いこうとする)姿を添わせる.麻枝さんの世界観の魅力はそこなんだなと思いました.
「目を腫らし泣き叫んで拒絶した物語」というフレーズを聞くと本当にいろんな感情が湧きあがりますが,一番は嬉しさかもしれません.辛くて悲しいことだけどそこまで言ってくれるんだと,僕とは別の物語なことは承知の上で,勝手に代弁してもらった気になります.
自分のことや過去がなぜこうなのだと問いかけても誰も返事などしてくれず,事実が厳然とあるだけ.最終的には自分は情けない存在で,暗く危なく邪悪な要素を自分の中に持っていると結論付けざるを得ないし,それを回避することは多分許されないのだと思います.でも同時にそれは自分の物語をゲームのように投げ捨てないためなんだなと思わせてくれます.「そろそろ受け入れなきゃ」という言い回しも本当に好きです.
レクイエムに彩られるべきくだらない現世だけど,メロディの疾走感が終わりどころか,生き続けていくことを告げているようでとてもいいです.
そして「救って 誰かさん 居ませんか」の切実さが一番印象的です.最後の「このぼくさん」を聞いてからは余計にそうです.本当は最初から「このぼく」への叫びだったんだと思うと胸が締め付けられます.
あと僕はヘブバンから麻枝さんを知ったので,ピザ屋が出てきたときはちょっと笑いました.しかもどっちもピザにありつけてはないし.Popcorn N' Rosesの「明日は見えず→真っ暗でも→お腹は空く」のコーラスを思い出しました.麻枝さんにとって空腹も,生きていること・生き続けていくことを示す一つの厳然たる事実なんだろうと解釈しています.
ギターがめちゃくちゃかっこいい.そして「ああ魂の仕組みを教えてよ ああ〜」と3連続で畳み掛けるサビがたまらない.
そんなキャッチーさがありつつもすごく感性がにじみ出ているのがとても良いと思いました.この曲に辿り着いた時点でもう,僕は麻枝さんの成分みたいなものを欲する体になっていたので.
とにかくこの世界なんかおかしくない?っていう感性がとてもハマりました.正直「みんなおかしいよな?気付いてよ」という気持ちと「みんな気付いてるけど僕だけが子供で文句を垂れてるんじゃないか」みたいな葛藤をすることがあるから,きっとそういう気持ちなのかなと想像して聴きました.
だけどミツバチに憧れてるのが面白い.めちゃくちゃ社会性の昆虫をチョイスするのが素敵です.ミツバチの本能を利他的と捉えるか利己的と捉えるか,そして楽だと思うか大変だと思うか,その辺で解釈の余地がありそうだなと感じました.
ただ僕は,蜜集めという種としては利己的で自分が満たされる方法で花も受粉ができるというそこが「こんな素敵な仕事」ということなんじゃないかという意味で聴いています.
一連の曲を聴いて,麻枝さんは単なるニヒリズムを書いたりしないだろうという謎の信頼感が僕の中で生まれています.
これを書き終えたらTwitterで麻枝さんご自身の言及があると某友人に聞いているので,この曲に関しては特に拝読したいです.
Code Blue
この曲は挿絵の影響で病気の女の子の話を想像してすごく具体的な想像をしながら聴きました.冬って病気のことなのかなとか,二人の別れはどうして訪れたんだろうとか.でも本当はいろんな寒さに凍えている人にも届く曲なんだろうなとは思います.
曲や歌い方の緩急にすごく心を動かされる曲でした.伝えようとした言葉を伝えなかった主人公の激情はとても切ない後味があります.
とにかく大好きなのは最後の「きみには両手いっぱいの〜」の箇所です.歌詞カードでそこを聴く前からちらっと目には入っていてとても重要なセクションだなと思っていたので,衝撃の表現でした.叫びのような歌い方でもおかしくないくらいの言葉なのに,誰に伝えようでもない呟きのようなコーラスだとは…
"伝えようとした言葉はコーラスに消え"じゃないですけど,最後まではっきりとは口にしない,そんな物語らなさがこんなにも素敵な感情を物語るとは!
ほとんどが相手の言葉で構成される歌詞で,でも全体を通底して感じるささやかな優しさや愛情が最後に爆発しました.
すごい体験で,まだあまり聴き直せてはいないですが初見の感動はこの曲が一番だったかもなと思います.
神殺しの唄
なんだかんだで今一番聴いている曲はこれかもしれないです.でも最初に聴いたときはいまいち曲の感慨の波に乗り切れなかったです.
まず曲の序盤にある問いかけ,特に「そのためにひとを傷つけて 敵ばっかり増やしてない?」はすごく刺さりました.僕はその恐怖に対して何の答えを持っていない,だからもっと歌ってくれ!と思っていました.
その後出てくる「きみ」の存在,そして「きみの瞳は真っ黒で闇を覗いてるかのよう」辺りで,ああこれ誰かの人生の話なのかと気付きました.
ただ抽象的な描写が多く,サビの盛り上がりがカッコいいなと思いつつも知らない映画のラスト30分だけ見ているような小さな疎外感を持ちながら途中聴いていました.いまいち感情移入はし切れないというか.
そしてラストで夢から醒めて歌詞世界のスケールが突然小さくなり,ごく個人的な話になったのは意外でした.
何か落とし所を作りたかったのか?とも思いましたが,ただ現実的な苦さを持った「夢」の中の話もまた真実であるはずだと直観的に思いました.
ただその話自体も初見ではいまいち掴めなかったので,自分なりにこの曲と向き合うためもう何遍か聴くことにしました.
聴いているうちに,「夢」とはあり得たかもしれない過去やあり得るかもしれない未来のことなんだろうと思いました.
ここで気になったことは,「朝食はパンで」と言う少年の顔は重責に歪んでいるのだろうかということです.
僕はけろっとした表情なのだと思います.そんな現実は周りに無いし,目の前にある小さくも確かな幸福を受け入れることは大切だと思うからです.
でもそれでいいのか?と思う自分もいます.終わりのない恐怖に囚われたとしても,それが生きる責任なんじゃないか?見なかったことにするんじゃなくて,向き合った上で別の方向に視線を遣るべきなんじゃないか?
解釈は自由かと思いますが,自由な部分こそ自分なりに解釈したいと思ってしまう質なので,誰かの解釈を傷つけていたらすみません.
ただ,僕にとってこの曲は自らの罪への恐怖と向き合う覚悟や勇気をくれる曲になっています.
goodbye
イントロが僕の愛する曲である坂本真綾の「cloud 9」を彷彿とさせてドキッとしました.一音一音が気持ち良くてとてもよいです.
さらっとした曲調と儚い詞の相性が最高で,私的ループで聴きたい曲ランキング1位です.
「きみ」が大切にされていることに加え,「きみ」を大切にしていることそれ自体も大切にされているのが好きです.
Satsubatsu Kidsの良さが詰まっている曲である一方で,アルバムの平均的な曲だという印象もあります.何度も聞いていったら好きになっていくスルメ曲的な予感がすごくありますね.
…と思っていたら,友人曰くこれはファンの間では"看護師ストーカー曲"で通っているそう…
えっ,もしかしてこの曲が一番味が濃いんですか?(これを書き終わり次第Satsubatsu KidsのTwitterを読みます)
終わったContents
とても好き.テンポチェンジで躁状態と鬱状態を表現しているんでしょうか.とにかくテクニカルで聞き応えがあります.
詞はタイトルから想像していたのとは全く違って,制作に対する真摯な心根と熱い心意気がこれでもかというほど詰まっていました.
テンポが早くなるサビなんか特に,詞の情緒の激しさと曲の激しさがマッチしてものすごい迫力を感じました.
時折挟まれる暗闇からの言葉も,この曲においては麻枝さんという人の輝きをより際立たせているように感じます.それが端的に表れているなと思うのが「今日も超低空飛行で 死なない程度にいきましょ」で,サビと並ぶくらい好きです.
関係ないですが,最近ある方のTwitterをフォローさせていただいた時に,bioにこのフレーズが記されていたのがとても良かったです.
Real
ストレートな歌詞がたまらないですね.サビ後半の荒々しく歌う箇所(1サビだと「何が高尚なご託だ」以降)が素晴らしいです.何ならもっとぐちゃぐちゃにギターを掻き鳴らして叫んでくれてもいいんだけどなと思いました.これ本当にライブで聴きたい…
Cメロの「生きていくのは辛いよな」の一節でより深みを増しているんだと思いますが,結論を勿体ぶらずに最初からずっと歌い続けているのが本当にかっこいいです.
順序立てて聴かせるんじゃなくて,とにかく言いたいことを言っているんだというロックの魂を感じます.
そしてこれはCharlotteのHow-Low-Helloカバーだと友人から聞いたんですけど…ハロハロってこんなめちゃくちゃかっこいい曲を歌うんですか?She is Legendを好きな僕はもう好きに決まってませんか?これ聴くしかないですか?
灰色の羽根
これ聴いて真っ先に頭に浮かんだのは村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です.「少女」が「図書館の女の子」だとは全く思わないですが,あくまで世界観の類似として…
あまりこの曲のことを理解している自信が無いので感想を書こうにも書けないよというのが正直なところなのですが,半年後に一番好きな曲はこれになっている気がするという予感があります.そのくらい衝撃を受けたし,壮大で切実なものを感じ取りました.
「積み上げた灰色の小石」は賽の河原の石積みかもと思わせられます.壁を隔てて現実世界の反対側にある世界は,死後の世界や精神世界のようなものなんだろうと想像しています.そしてふたりに幸せな結末が待っている可能性はそんなに高くないと思います.でもこの出会い未満の出会いに意味があったのだとは強く思います.
いや分からん,でも良い.
Question Time
ちょっとこれは良すぎますね…
曲も歌詞も最高です.特にサビのどんよりとした歌詞を軽快に歌い上げる感じがいい.「割いて割いて」の気持ち良さと来たら無いです.ひょんさんの歌声にも合っていると思います.
どうしてこんな後ろ向きな曲に,こんなに元気を貰えるんでしょうか?これは人間讃歌とは真逆の形をしている曲ですが,少なくとも僕のクソだけどちょっぴり美しい人生への讃歌ではあります.
尖っているのに聞きやすい曲に仕上がっていると思います.邦ロック好きにはかなりの確率で刺さると思いますし,めちゃくちゃみんなに勧めたい曲です.
この曲もめちゃくちゃ人に勧めたい曲です.物語調の曲がいくつかある中でもこれは本当に表現における取捨選択が絶妙で,作品としての普遍的な価値を感じます.そして僕は泣きました.
初見ではノスタルジックな雰囲気のよさ,そして歌詞の分かりやすさがいいなと思いました.分かりやすいけど説明的でないところが良い塩梅だと感じる一つの要因でした.
ただ僕がこの曲を愛する一番の理由はそこではなく,色んな想像ができる広がりです.特に「つまらないものばかりいつも愛した 増えては困る猫ばかり拾ってた」という永遠に色褪せない至極の歌詞がよいのですが,恥ずかしながら初見ではあまりピンとは来ませんでした.
曲のラストでそのフレーズが繰り返されたことに気付き,あれここってそんな大事なところなの?と思いました.むしろこれは「僕」の自分語り?それってどんな性格なんだ?と違和感に近い感情をおぼえた記憶があります.
よく考えたらこの描写は「僕」のことではあるけれどその瞳には「君」が映っていて,「僕」がそう在ったのは「君」がいたからだと思いました.つまりこれは二人の関係性そのものなんだと気付いて,そのときその尊さと切なさに涙が出ました.
「守られ続けた僕らがいた そんな意味は忘れたままでよかった」とか「今度は僕が笑って見せるから」とかもう文字で見ているだけで胸が締め付けられます.歌だけでこんなにずっしりと質量を持った物語を描けるものなんですね…
ひきこもりの唄
この曲だけは別格という感想です.なんか理屈ではなく一番心の奥深くに突き刺さりました.それ以上の感想はないです.
友人に「麻枝さんのver.がある」と聞き,感想書いてから聴こうと思ってたんですが我慢できず聴きました.僕が泣いたのはHanabiとこの麻枝さんver.の2回でした.「子供ん時は無敵で」以降の魂のこもった叫びは鳥肌が立ちました.この曲はどうしてか分からないけど特別に感じます.
きみの記憶
最初は一瞬ホラーかと思いましたが,タイトルを思い返して納得.穏やかな音楽と愛に満ちた主人公が聞き返すたび切なくなります.
全てが一点に繋がりすぎているので,どうしてもクリア済みのストーリーの2周目3周目を見ている感が出てしまいあまり何度もリピートしたくなる類の曲では個人的に無いんですが,Hanabiと並ぶ名作であることは疑いようが無いと思います.
僕は麻枝さんの曲ではbus stopが昔から好きで何度も繰り返し聴いていたので,ヘブバンが完結したらこういうタイプの曲もまた是非書いてほしいです.
Autumn Song
この曲でエンディングとは,さすがにスタンディングオベーションしたくなりました.シンプルに曲がいい.
僕は割と人生の夏はもう終わり秋に差し掛かっているなと,まだ青二才であることも同時に承知しながらも,そんな自覚が出てきたところでした.そんなこともあってこの曲が纏う雰囲気がとても温かく,これは僕のための歌じゃないかと思いながら聴いていました.
「また出会えたら 酒でもおごるよ 世界は広い どうかこの奇跡に乾杯」が一番好きな歌詞です.
重ねた人生の軽さに押し潰され,将来も崖しかないかもしれない人生においてでも,今この瞬間の奇跡を立ち止まって乾杯する,それはとても歓びに満ちているよなと本当に思います.
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(宣伝)
最後にXAIさんの最新アルバム「WAVES」とても良いので良ければ聴いてください.
EP「WAVES」