『BLUE OCEAN』のこと

BLUE OCEANに撃ち抜かれてしまったので,その断末魔を記録しておきます.

 

本記事は今日(5/9)にデジタルリリースされたXAIさんのミニアルバム『Afterglow』内の曲,『BLUE OCEAN』についてです.まだ聴いていない方は以下のリンクからどうぞ.どれも本当にいい曲です.

Afterglow by XAI | TuneCore Japan

なお以下は解釈の一つに過ぎませんのでご理解ください.

 

 

私にとっての蒼

『BLUE OCEAN』におけるXAIさんの歌声は格別に素敵です.ファルセットの儚く切実な印象もありつつ,全体を通しては力強さを感じます.そんな響きからはどこかに届こうとする切実さと,決して止まらない意志が祈りのように聴こえてきます.

そしてそこには『BLUE OCEAN』の「ぼく」の呼吸が重なります.迷いや痛みを抱えたまま,それでも「きみ」が見せてくれた蒼い色をきっかけに進むことを選ぶ.そんな歌詞が本当に大好きなんですが,XAIさんの声で鳴ることでそれが命を帯びている,そんな実感があります.

 

私にとっての蒼はこの歌声のあり方そのものなのだと思います.XAIさんの歌は意味を超えて生きざまを鳴らしている.XAIさんが自ら言葉を紡ぎ,音を作り,そうして届けてくれた歌だからこそ,それがよりダイレクトに伝わる気がします.

 

私がこの曲を愛する理由は本当にこれに尽きます.そして以下では歌詞の好きな部分を語りながら,どうして「この曲が私にとっての蒼だ」と思ったのかを書いていきます.

 

逃避から始まった旅

歌い出しは夜明けから始まります.朝は希望に溢れているのが相場ですが,逃避行ではそうもいきません.朝の光は全てを暴き,地上に逃げ場などない.夢から醒めて現実に向き合うときがきたのです.だから「おさらば」なんだと思いました.夜にも逃避にも.

 

また歌詞には

マッハで飛ばすから

であったり,

滑るようにふたり走り続ける

のようにスピード感が描かれています.これもすごく好きなポイントです.

最後の「Don't look back in anger / sadness」を踏まえると,「ぼく」は自分でも処理しきれない感情を抱えたまま,その感情を置き去りにして,全部を振り切るようにすべてを賭けて走っているように思えます.「たったひとつの命が 色褪せぬように駆ける/賭ける」というフレーズともリンクしますね.

 

街道と海

「ラスト逃避行街道」とあるように,「ぼく」と「きみ」はルートを選ぶ時間もなく街道を走っている.これは当然誰かによって整備されたたくさんの人が通る道であり,「まだ誰も見たことのない海」とは皮肉にも正反対です.

 

ここで旅の目的地として描かれている「海」というメタファーがもう最高なんですね.これが「山」ならブルーマウンテンになりKOBORERU RADIOが始まります山頂がありゴールがあります.

しかし海はどこまでも続いているだけ.逃げようとすればどこまでも逃げられる自由がある.しかし進もうとする者にはどこまでも挑戦し続ける試練の場になる.

 

旅の始まり,逃避行では逃げ場として海へ走っていたのかもしれません.しかし「きみ」に蒼い色を見せてもらったことで,「ぼく」は受動的ではなく自ら進むことを決意する.そのとき海は表情を変える.凄まじい表現だと感じました.

 

逃避行から始まる旅だっていい,今進んでさえいれば.そう思わせてくれるこの曲の人間らしさが本当に好きです.

 

 

きみが見せてくれた蒼

「ぼく」が進む理由は「きみ」が蒼い色を見せてくれたから,この一点のみです.約束された希望も未来もない,別に自分が強くなったから進もうということでもない,でも「きみ」の蒼を見たから進もうと思えた.これはきっと多くの人にある感覚だと思います.

誰かの言葉に救われたり,頑張りに励まされたり,背中に憧れたり.「きみ」が見せてくれた蒼という言葉にある余白が,一人ひとりの人生に寄り添うのだと思います.

 

私は「蒼」に宿るイメージについて,「青」と併用されていることからも,痛み,あるいは憧れかもしれない*1,そんなくすみを含んだ青色なのかなと想像しました.つまり「未完成で不安定で,しかしだからこそ輝いて見える何か」.

誰しもが完璧ではないけど,「きみ」の痛みや迷い,不安定さに触れ,それでも進もうとする姿を「ぼく」は目撃したのだと思います.だからそれは希望でも救いでもなく,自分も歩きださなくてはいけない理由になった.そんな風に聴いています.

 

そして今,私にとってはこの曲そのものが蒼なのです.それについて次項で話そうかと思います.

 

語らなさが語ること

蒼については語らないことによる余白がよかったという話をしましたが,もう一つ語らないことで素晴らしい曲に昇華していると感じる部分があります.

 

まず「Don't look back anger / sadness」では「過去を振り返るな」としています.これは自分自身への言葉なのか,そもそも誰の言葉でもないのか,そんなことを考えるのも楽しいです.

一方「この坂を登り切れば」「この山を越えて行けば」では「未来に希望を願う」表現です.

 

この二つが並置されており,過去と未来への視線の分裂があります.しかし過去が語られないのはもちろん,未来に関しても「~すれば」の仮定した先が語られていません.『BLUE OCEAN』で最も強調されているのは進もうとする今の意志です.

 

私は,「ぼく」が「きみ」から受け取ったのは進もうとする姿だと感じています.つまり,この曲そのものが「ぼく」が受け取った蒼い色と同じ構造になっている,そう思いました.この曲があるから,私もまた進もうと思える.だから私はこの曲を深く愛しているわけです.

 

極彩色の水平線

では「ぼく」が「きみ」を連れて行く先であるまだ誰も知らない海の「極彩色の水平線」とは何か.私は決意のことだと思います.「真っ赤なライトが不安を煽る」のようなすべての色を受け入れて,受動的な逃避ではなく自分たちで未来を描こうという強い誓い.未来はどんな色にでも染め上げられる.

 

ここで「水平線」は実際にその上に立つことはできません.たどり着いた時には既にそこは水平線ではないからです.ゆえに,

このまま進んだって

なにも見つからないって

こう「きみ」は言うわけです.決意の後も,無限に広がる世界を進み続けなければいけないわけです.でも「雲間から刺す光 無限の蒼い色」があれば進める.救いではないけど確かな一筋の光.

「きみ」がいなければ持てなかった意志が自分のものになり,今度は「ぼく」が「きみ」の瞳に蒼を映す.

人間が弱さを抱えているからこそ生まれた,優しくて強い意志.

 

とても美しいと思いますし,だからこそ私も,この曲に蒼をもらった私だからこそ,マッハで飛ばさねば!そう思えてきます.

 

 

おわりに

この曲は本当に美しい歌詞で,それをXAIさんの歌声が音と意味の境界を溶かしてくれていると感じます.この音楽に心を預けて身を委ねられる時間なんて,そんな贅沢がなんと5/14のワンマンで現実になります.ぜひ一緒に楽しみましょう.

http://bio.to/XAI_3rd_Ticket

 

とか書いてたらもう朝になるので,これでおさらばとさせてください.

布団に逃避行?そんなことしたら色々とロストロストしてしまいます…………

 

*1:本アルバムのトラック1『Afterglow』を聴いてください

『Afterglow』のこと

 

語らねばなるまいな……XAIさんの新曲『Afterglow』について……

 

なお以下はメッセージの中の一部について,解釈の一つを提示しているに過ぎませんのでご理解ください.

 

 

「ノイズ」と「Afterglow

 

憧れや,嫉妬や,誰かの言葉

そういうすべてのノイズから

決別して,もっと自由になりたい.

そんな想いから作り始めた

Afterglow.

手書き歌詞カードのコメントより抜粋

XAIさんのコメントにもある通り,この曲は日常で感じるさまざまな「ノイズ」からの決別が重要なテーマなのだと思います.

ここで「ノイズ」とはしばしば耳障りな音の意で雑音と訳されますが,文脈によっては「受信したい信号に対して,それ以外の不要な情報」という意味でも用いられます.

 

私は後者であると解釈しています.

では真に受信すべき信号とは何なのか?その後に残った感情や光景である「Afterglow」とは不要なものなのか?その辺りに対する私の感じたことを一つずつ書いていきますので,良ければお付き合いください.

 

「傷ついた神様」

 

サビのフレーズ

どんな誓いや願いも届かない

それは憧れという呪い

これはとても辛い表現だなと思いました.どれだけ強く誓ったり願ったりしても,現実の壁に阻まれてしまう無力感やもどかしさを感じます.

努力しても周囲からの評価や期待に応えられず,自分の理想に辿り着けない.それでも届かない理想を追い求めることは本当に苦しいものです.ましてや音楽の道は簡単ではなく,それに類する経験から出た表現なんだろうと想像しました. 「まじない」は漢字で書くと「呪い」です.

 

しかし,「届かない」ことを絶望で終わらせないところが『Afterglow』の持つメッセージの素晴らしさだと思います.願っても届かない,だからこそ「誰かに決めさせないで未来を」なのではないでしょうか.

過去や理想に縛られず自分自身で未来を切り開くこと.届かなさに絶望した夜こそ「ひとりでダンシング」する,つまり「届く・届かない」という他人の物差しで測るべきではないのです.

 

そんな絶望の中で自分を確かめることに関して,ひとつ気になる表現があります.

 

傷ついた神様に恋をしてた頃は

ひとり舞台の上で

ただあなたの刺す光を

愛のように感じた

このフレーズは,XAIさんがオーディションで歌った『ダイアモンドクレバス』の一節

神様に恋をしてた頃は

こんな別れが来るとは思ってなかったよ

を思わせます.

 

ネタバレを避けるため詳細には踏み込まず説明しますが,『マクロスF』作中で歌姫シェリル・ノームは歌手としてのアイデンティティを揺さぶられます.自分の持つ価値や存在意義に関する深い不安に直面することになるのです.

そんな状況下,シェルターの中という逃げ場のない状況で歌ったのが『ダイアモンドクレバス』(正確にはアレンジ版の『真空のダイアモンドクレバス』)なのです.彼女にとって歌は単なる表現手段ではなく,自己の存在を確かめる「生命線」だったのです.

 

「歌は酸素と同じ」と語るXAIさんにとって,絶望の中で歌うことで光を見出したシェリルは「傷ついた神様」なのかなと思いました.

XAIさんにとってのシェリルは単なる理想や完璧な存在ではなく,傷つき苦しみを抱えそれでも前に進む不完全な存在,しかしそれゆえに完璧な存在.そんな愛がこの曲に奥行きを与えているように思えてならないのです.

 

『To the mothership』との相補性

 

もう一つ見ておきたいのは『To the mothership』との連関です.

「XAIさん自身の音楽を」という決意と言える『To the mothership』はまさしくこの曲で語られていることなのだと感じます.もちろんその先でも多くの「ノイズ」が待ち受けているはずですが,この一貫する想いがシンガーソングライターとしてのXAIさんの説得力や魅力になっていると思います.

 

しかし,「星が瞬くように消えない思いが」は『Afterglow』の過去を振り払おうというテーマとは一見異なるように感じます.「消えない思い」はまさに「Afterglow」ですが,『To the mothership』ではそんな燈を持ったまま未来を切り開く歌であるように聞こえます.

 

これは矛盾でしょうか?

私は全くそうは思っていません.こちらもまた後ほど述べます.

 

自分の声に従うこと

 

ここまでぐだぐだ書いてしまいましたが,私の考える核心はサビのフレーズ

Afterglow 心が叫ぶ方へ 君がいなくても

ここに集約されており,「心が叫ぶ方へ」つまり自身の内面に耳を傾けること,他者の評価や意見に左右されるのではなく本当の願望や意思に従って生きることの重要性に気付かされました.

 

いやしかし,一方でこんな風に思う方もいるのではないでしょうか.「XAIさんを応援する私はノイズで,いなくてもいいのか」って.

……いや,XAIさんの深い愛を知るサイポーターはそうは思わないですよね.しかし理屈の上ではそうならないでしょうか?

それではそれを解消すべく,そろそろ私の一番好きなフレーズのことについて語らせていただくことにします.

 

「信じさせてよ」

 

「他人の声など気にせずに自身の声に耳を傾けよ」こんなテーマがあるとしたら,どうして「信じさせてよ」と他人に縋るような歌詞がサビに現れるのでしょう.

 

もうこれは単純で,「他人の声を気にしない訳ではないから」だと思います.別に他人の声が自身にとって妨害「でしかない」という意味ではないのです.自身の声に耳を傾けるとき,その時に限っては他人の声はノイズになるので排除しなければならない.

 

シンキバからニュージャージー

ベルリンから上海も

Rhinoceros Portまでランデヴー

この世界各地へ想いを馳せる部分は,音楽やXAIさん自身の拡張,そして挑戦の象徴なのだと僕は受け取りました.少なくとも「まだまだ飛べる」という歌詞の先として意識されているように思います.その最後にサイポートが入っている.

 

その上で「信じさせてよ」がもしサイポーター(未来のサイポーターも含む)に向けられているのだとしたらどうでしょう?

自分の声に従って進むことは暗闇の中を進むようなもので,勇気が必要です.そんな中で確かなものとしてサイポーターの存在を思い浮かべてくれたのだとしたら……こんなに嬉しいことはないなと私は思います.

 

星の輝き

 

では長くなりましたが最後に,結局「Afterglow」とは何だったのか.それはもう実はコメントにXAIさんが書いてくれています.

どんな時間も

痛みながら,にぶく輝いて

未来を刺す光になるはずさ.

今までの話に照らし合わせれば,「自分自身の声に従い進む暗闇の中で,誰かの声やそれと向き合った過去の自分が放った,未来を照らす鈍い光」だと思います.

その光は決して未来を「指す」ではなく「刺す」なのです.それ自身が道標になるのではなく,道を照らしてくれる残光.

 

そんな光から目を背けた時はじめて,それを反射したたくさんの光に包まれていることに気付く.曲の冒頭から鳴っている音は星の輝きのようにも聞こえます.そんな惑星が僕らのことだったら.XAIさんの旅・ライノツアーズのplanetになれているのだとしたら.私にとってそれ以上の幸せなどあろうはずがありません.

 

おわりに

 

XAIさんの信じる旅路に一生着いていきます.XAIさんの音楽を全霊で信じているので.

そんな同志の方と共にXAIさんを応援できていることが幸せです.サイポーターの皆さん,これからもどうぞよろしくお願いします.

 

ヘブバン水着イベin習志野のこと

 

 

 

以下は「水着を制する者は夏を制す in 習志野
Supported by Higher Self」のネタバレを多分に含みますので,未読の方はブラウザバックしていただくようお願いします.

 

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泣いているルミちゃんの前でおタマさんの手を引いためぐみんの腕は,あの日ルミちゃんを抱きしめた腕なのだ.そんな優しい強さを持っためぐみんを育てたのは習志野でありアキばーさん,それを強く実感した話だった.

 

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水着で習志野に降り立ったとき,めぐみんがかつて過ごした14日間が確かにそこにあった.

 

時系列としては無いはずなのだが,めぐみんが愚直に向き合い行動し愛した経験がそこかしこに溢れていた.

スクラップ集め,釣り,料理,人付き合い…

自信満々に31Aを先導するめぐみんの姿に,奮闘していた過去のめぐみんが重なり,あのかけがえのない夏の素晴らしさを追体験していた.

 

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この物語がハインラインの『夏への扉』へのオマージュであることはすぐに分かった.あれも過去に戻って新しい希望や可能性を見つけようという話だ.

あの日々に失敗を探すのは今の逢川めぐみへの侮辱だけど本当に大丈夫?という不安があったが,すぐにそれは霧散することになる.

なるほど,ハイヤーセルフによりイレギュラーとして現れることで改変された未来を変えようということか.

 

冒頭のライブシーンでの「さらなる扉」というフレーズにも納得がいく.そうだよな,めぐみんが「贅沢な感情」に気付いたことがまずそもそも「夏への扉」だよな!本当に麻枝さんの表現には愛がこもっていて好きだ.

 

物語は「さらなる扉」とは何かということに焦点が当たっていくが,まさかそれを開くのが國見タマだとは思いもしなかった.

 

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この物語のキーワードの一つは「別れ」だろう.めぐみんは過去の自分を待つアキばーさんではなく,今の自分を待つおタマさんの元へ帰ることを選んだ.それはルミちゃんを,全てを守るための選択でもあった.

ではおタマさんは?過去のルミちゃんと,今のめぐみんのどちらを選ぶのか?

 

おタマさんは四章後編,めぐみん習志野にいる間に虎徹丸との別れに向き合うことで,デザイナーベビーとしてではなく感情を持った自分を認めることができた.そうすることでめぐみんも帰ってきた.

本来はコロポッポーを助けるほど優しい彼女に,感情論では済まされない過酷な世界の選択を強いるなんておかしい.というかおタマさんは決して間違ってはいないのだと思う.

 

 

しかし,めぐみんと過ごしたルミは聡明だった.大好きなカトエリとの突然の別れに際しても,健気に彼女を送り出した.おタマさんの優しい選択の先に,その未来は無いということも確かだろう.

 

めぐみんのように強いルミちゃんであったのは,アキばーさんの存在が大きかったのだ.アキばーさんとめぐみんは本当にそっくりだ.口が悪いところも全部.

何よりアキばーさんはめぐみんを何十年も毎日待ち続けている.誰よりもめぐみんを引き留めたかったはずだ.そんなに誰よりも辛い別れを知っているひとが,深い愛を持ったひとが,ルミちゃんに「別れ」を教える.

ルミちゃんを友達と遊ばせた時のアキばーさんは何を思っていたのだろうか.ジャングルジムの前で加藤エリと別れた時は…?

 

 

そして母と同じようにめぐみんもおタマさんに教えるのだ.慈愛に満ちた目で.

 

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過去に戻って知ったルミちゃんの強さの訳は,アキばーさんの愛を教えてくれた.そしてめぐみんはその愛で,おタマさんを導くのだ.なんと美しい「さらなる扉」だろうか.僕は四章後編がより好きになった.

 

ただし靴飛ばしのシーンから分かる通り,おタマさんの注いだ愛もまたルミちゃんを支えていた.夢の中での結果に意味などないのかもしれない.はっきり言ってそんなの状況による.

しかし月歌の言った「めぐみんの言ってることが正しい気がしてきた」に詰まっていると思う.僕はあれは一見冷酷な選択をしためぐみんの心の中の優しさを軽くサイキッカーな洞察力で感じ取ったのだと思っている.状況を一番分かっているめぐみん目線では「あかん」が正しい選択だという意味の「正しい」.一回めぐみんが名乗った「洗濯屋」は示唆的だ.「選択」をする役割を担い,同時に「選択」すること以外は請け負えないのだから.

 

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3日間というまさしくアブラゼミのごとく儚い時間だったけど,そもそも日常とは根源的に儚く,簡単に失われるのだということも習志野は教えてくれている.だから僕らもハイヤーセルフに従って選ばねばならぬのだ,燃え上がる瞬間を,裂けそうな痛みを.だって,ハイヤーセルフが見せたことは現実に還元されるんだぜ.

『春眠旅団』のこと

 

ブログなら好きなだけオタク語りしても良いと聞きました.違ったらすみません.とりあえず僕が『春眠旅団』という曲を好きな理由を書きます.ただし以下はメッセージの中の一部について,解釈の一つを提示しているに過ぎないことはご理解ください.

 

 

春眠旅団

 

まずタイトルに関して,「春眠」という静と「旅」という動の組み合わせがとても面白いと思いました.僕はこれが静から動への変化だと解釈しています.なぜならこの曲の主題は,変わらないものの中に変わり続けるものを見出すことだと思うからです.

 

それを説明するには歌詞のいくつかの部分について言及する必要があるため,少し遠回りなようですがお付き合いいただけると幸いです.

 

宇宙

 

きみの目には何が映る もしかしたら無限の宇宙

そこまで連れていこうか どうさ?

この曲ではしばしば宇宙の話が出てきます.これは大きいスケールとの対比としても素晴らしい表現ですが,僕は「世界」とほぼ同義であると取りました.

狂ったのは世界のほうかぼくのほうか教えて

「ぼく」はこの世界から隔絶されたような思いを抱えていて,そこには世界という大きな流れを変えることはできない,という諦めが含まれているのだろうと思います.

 

どうして「きみ」の目に無限の宇宙が映ると思ったのか,それは「ぼく」の目に無限の宇宙が映っているからだと思います.それが端的に表れているのが「観測者」として自らを定義付けようとするところです.

 

 

ビッグバン

 

遠くで歓声と昇る笛の音 火薬の匂いだけ届いた

でも勝てやしない ビッグバンからこっちは観測するつもり

 

「ぼく」はこの宇宙を観測している「つもり」でいる訳です.すなわち

この宇宙を構成するそのひとつを誇りたい

『Burn My Universe

という状態ではなく,それを無力感と共に眺め,春眠を貪っている「観測者」だと自認しているのです.しかしそれは「つもり」なのです.その理由は「はっとするような桜吹雪」であると考えますが,それについては後述します.

 

ここで出てくる「ビッグバン」は非常にメタファーとして重要な役割を担っていると思います.ビッグバンとは宇宙のはじまりであり,その点では季節のはじまりと言える春と共通します.またビッグバンは宇宙の137億年と言われる長い時間の中でほんの一瞬の爆発で,それは爆ぜて消える線香花火と重なります.

 

「ぼく」はビッグバンから宇宙を観測し,その時の流れのように不可避な世界を観測していました.そんな中で見つけた「桜吹雪」が「ぼく」をはっとさせ,春へと誘うのです.

 

 

 

Spring has come!

春とははじまりです.だからこそ旅も始まろうという訳です.ところで

しんしん降る 真夏なのに

これは狂い続けている世界を表現しているのだと思いますが,「夏」というのが最も春から遠い季節であることも美しい表現だなと感じます.雪だと思ったものの正体は桜なので,実は夏でもない訳です.それは春の気持ちを遠ざけてしまっている「ぼく」の心情が真夏たらしめていたのだと僕は勝手に思っています.

 

そこで「ぼく」は「はっとするような桜吹雪」を目にします.それに気付くことで春がやってくる訳です.

 

くしゃみが可愛いと笑ってくれた 誰かさんが噂してると

花粉のシーズンがやってきただけ 単純なこと春だった

僕はこの曲を,「ぼく」が「きみ」への想いに気付き,それによって「ぼく」の世界が一変し,何かが始まった曲だと思っています.

 

「ぼく」はくしゃみをした時に,「花粉のシーズン」だと受け入れて嘆く.でも「きみ」はそれを「誰かさんが噂してる」と言い笑ってくれた.たった一言で「ぼく」の世界を変えてくれる「きみ」の存在に気付く.そしてその恋心に気付く.それこそが「はっとするような桜吹雪」であり,僕に暁をもたらす太陽のような存在なのです.

 

そんな「きみ」にもらった線香花火の火球のように刹那な輝きは,宇宙に連れていって永遠に自分にとっての太陽にしてしまいたくなるものです.

 

 

おわりに

 

余談ですが,僕は「We are 春眠旅団」でも1stから2ndへ,そしてその先へと変化していくシーレジェが見られた気がしました.レジェンダーの敬礼が揃っていることをXAIさんに指摘されたとき,僕らも旅団員として変化してるじゃん!と嬉しくなりました.

 

そして僕にとっての「桜吹雪」はXAIさんの『Waves』という曲です.

EP「WAVES」

上記のリンクはXAIさんの最新アルバムで4曲入っています.どの曲も素敵なので,ここまで読んでくださったあなたの心にもXAIさんの歌声が桜のように溢れて降り注ぎますように…

 

え?Wavesが僕にとってどうして桜吹雪なのか知りたい,ですって?

 

It's my secret!

短歌連作(We are 春眠旅団 羽田公演に寄せて)

 

注意

She is Legend Zepp Tour 2024 "We are 春眠旅団"のネタバレを大いに含みますので,まだ参加されていない方はブラウザバックしていただくようよろしくお願いします.

 

ライブとは線香花火最上の刹那さ抱いて旅が始まる


モニターの「ゆけ」を見て諦めた喉おかげで来れた未踏の地まで


XAIさんの振り絞るような歌声でcornも爆ぜるまだ3曲目


1stのとっておきの曲ここで来る?今日のセトリはヤバいと確信


人間に言葉があって良かったなありがとうを伝えられるから


新曲のイントロはよく知っていてとても好みだ差異も素敵だ


陰影のさす余裕すら与えないひたすら白い呪文にかかる


「ねぇ聞いて神様」胸が締められて僕もこの手を天に伸ばすよ


さよならを音速で追うこの想い届けよ届け届け白百合


サイキックパワー羽田に満ち満ちて二〇二七年へ誘う


歌って魔法みたいだね感じれる心の在処陽のさす向こう


ドラムスが響き渡ればDance! Dance! Dance!ハモりは最強ふたりは伝説


敬礼のポーズが揃うXAIさんの笑顔が素敵セカンドツアー


『World We Changed』YouでもIでもないことが愛おしくって突き上げる拳


「あたしたち魂燃やして歌います」原点にある消えない炎


永遠をことほぐなかれ終わりゆく今日このメロディを胸に刻め


きみだけがきみだと歌うかけがえのない歌声が重なり響く


楽しいこと見つけたんだと客席を差すこのみんの笑顔が消えない


いつもとは違った歌詞とアレンジで羽田に虹の色を残して


汗だくでふたりに照らされてた僕が虹になれないはずがなかった


奇跡ならここにあるって笑い合うふたりがふたりでいるということ


「いいじゃん」を大事に胸に保存するいつでも取り出し頼れるように


ラララって歌詞は無いけど分かるよね今日このライブの幸せの歌が

 

Satsubatsu Kids初見感想

 

 

はじめに

 

聴いた曲はシングル「Dis-Love Song」収録3曲と,アルバム「Hikikomori Songs」収録13曲です.

振り返ると全体を通して,ひょんさんのとても聴きやすい歌声に乗せてやってくる巨大な質量のメッセージを楽しむという聴き方をしていたような気がします.

例えるならスムージーを飲んでいたら大粒の果肉が入っていたような感覚で.そのたび咀嚼をするのだけど,僕はその加工無しで丸ごとそのままの,酸味や渋みも残った果実の味が大好きでした.勧めてくれて貸してくれた某友人ありがとう.

 

以下,一曲ずつ思ったことを書きます.多分歌詞のことがメインになります.

 

 

シングル「Dis-Love Song」

 

Dis-Love Song

 

とても具体的で個人的な感情なので,分かるとか共感するとか安易には言えないです.でも僕はこの曲に勝手に自分を重ねて,勝手に自分の歌として聴いて,救われました.

 

劣等感を否定したら,それにより形成された今の僕も否定されてしまう.でも肯定されるようなものでもない訳で.僕にとってこの曲は,そんな行き場の無い感情に緩やかに連帯してくれる大切な曲になりました.

 

ブレイク部分の「すくっても零れるから」というフレーズが一番胸に刺さりました.というか泣きそうになりました.諦めの歌詞だけど胸に流れてくるのはむしろ諦めなかった日々の重みで,諦めたこと,諦めたくなかったこと,諦めたいこと,諦められないこと,色んなことがフラッシュバックしました.

そこでバンド演奏が合流して,無理やり「脳はすごい〜」と曲に意識が引き戻されました.もうその後は歌詞なのか自分のことなのかもぐちゃぐちゃな思考のまま最後まで聴きました.

 

 

最初に聴き終えたとき,「Dis-Love Song」というタイトルは「愛なんて歌わないよ」「愛の唄ディスってさ」という歌詞のことであると思いました.それはもうラブソングに中指を立てるような.しかし次に流れる2曲は正真正銘のラブソングだったので,いや待てそんな歌だったか?と考え直しました.

 

そして決してただ吐き捨てただけではない「Dis」にいろんな深みがあることこそがこの曲の魅力なのだと今は思っています.

たとえば歌詞カードを見ると随所に取り消し線が引かれています.「容姿」,「才能」...そんな自分を愛せない理由を黒塗りにして誤魔化した上で成立する「愛」など無いのだと言っているように僕は感じます.その上でいわゆる「愛」をディスっているのか,そこからはみ出てあぶれてしまう大切な感情を自嘲的に「これはDis-Loveだ」と言っているのか…どちらかに断ずることのできないところも深みだと思います.

もし後者なら,否定するんじゃなくて「じゃあ僕の感情もDis-Loveだ」と共鳴したい.それが先述した緩やかな連帯感で,僕にとってはこの曲がこの世に存在していることが救いです.

 

ひょんさんの歌い方もこの曲が断トツで好きです.荒々しいとも違う真に迫る歌で,シャッフル再生で流れてきても無理やりに感情移入させられるような,そんなパワーを感じます.

 

Life is like a Melody

 

すごいものと出会ってしまったなという感じです.これが一番の個人的なヒットでした.イントロからアウトロまでのメロディラインが全て綺麗で,歌詞も美しくて素敵です.力強くも繊細なところに心打たれます.

 

「穏やかな風が吹くこの夏を 僕らだけの歌と名付け大切に仕舞った」というフレーズが本当に美しくて,聴いた日はもう何度も口ずさみました.

 

後半は特に,人生の大切さを強く訴えてくる内容で,智代アフターを知らずとも感動できるけどこれ知ったらどうなってしまうんだ…となっています.

 

Dis-Love Songも麻枝さんにしか書けないなと思いましたが,この曲も全く違うベクトルですがそう思いました.

 

ひょんさんの歌声が優しい情景をすごく現出させていて,原曲は聴いていませんがこれを超えることあるか?とすら思います.

 

時を刻む唄

 

この曲は唯一原曲を知っていたのですが,こっちもいい!と思いました.このシングルちょっと凄すぎません?去年のWBC日本代表くらいドリームチームだと思うんですが.

 

バンドアレンジだけど切実さを一つも手放していなくて,むしろ曲の盛り上がりに爆発力を与えているような素晴らしい編曲だと感じました.男性ボーカルであることもこのカバーの大きな意義だと思います.

 

アルバム「Hikikomori Songs」

 

Birthday Song=Requiem

 

友人がよく麻枝さんについて「諦念」という軸で語ってくれるんですが,この曲を聴いて鈍い僕でもさすがに納得できました.世界には変わるものと変わらないものがあって,麻枝さんはいつも変わらないものを真ん中に据えて,そこに変わっていく(いこうとする)姿を添わせる.麻枝さんの世界観の魅力はそこなんだなと思いました.

 

「目を腫らし泣き叫んで拒絶した物語」というフレーズを聞くと本当にいろんな感情が湧きあがりますが,一番は嬉しさかもしれません.辛くて悲しいことだけどそこまで言ってくれるんだと,僕とは別の物語なことは承知の上で,勝手に代弁してもらった気になります.

自分のことや過去がなぜこうなのだと問いかけても誰も返事などしてくれず,事実が厳然とあるだけ.最終的には自分は情けない存在で,暗く危なく邪悪な要素を自分の中に持っていると結論付けざるを得ないし,それを回避することは多分許されないのだと思います.でも同時にそれは自分の物語をゲームのように投げ捨てないためなんだなと思わせてくれます.「そろそろ受け入れなきゃ」という言い回しも本当に好きです.

 

レクイエムに彩られるべきくだらない現世だけど,メロディの疾走感が終わりどころか,生き続けていくことを告げているようでとてもいいです.

そして「救って 誰かさん 居ませんか」の切実さが一番印象的です.最後の「このぼくさん」を聞いてからは余計にそうです.本当は最初から「このぼく」への叫びだったんだと思うと胸が締め付けられます.

あと僕はヘブバンから麻枝さんを知ったので,ピザ屋が出てきたときはちょっと笑いました.しかもどっちもピザにありつけてはないし.Popcorn N' Rosesの「明日は見えず→真っ暗でも→お腹は空く」のコーラスを思い出しました.麻枝さんにとって空腹も,生きていること・生き続けていくことを示す一つの厳然たる事実なんだろうと解釈しています.

 

Honey Syrup

 

ギターがめちゃくちゃかっこいい.そして「ああ魂の仕組みを教えてよ ああ〜」と3連続で畳み掛けるサビがたまらない.

そんなキャッチーさがありつつもすごく感性がにじみ出ているのがとても良いと思いました.この曲に辿り着いた時点でもう,僕は麻枝さんの成分みたいなものを欲する体になっていたので.

 

とにかくこの世界なんかおかしくない?っていう感性がとてもハマりました.正直「みんなおかしいよな?気付いてよ」という気持ちと「みんな気付いてるけど僕だけが子供で文句を垂れてるんじゃないか」みたいな葛藤をすることがあるから,きっとそういう気持ちなのかなと想像して聴きました.

 

だけどミツバチに憧れてるのが面白い.めちゃくちゃ社会性の昆虫をチョイスするのが素敵です.ミツバチの本能を利他的と捉えるか利己的と捉えるか,そして楽だと思うか大変だと思うか,その辺で解釈の余地がありそうだなと感じました.

 

ただ僕は,蜜集めという種としては利己的で自分が満たされる方法で花も受粉ができるというそこが「こんな素敵な仕事」ということなんじゃないかという意味で聴いています.

一連の曲を聴いて,麻枝さんは単なるニヒリズムを書いたりしないだろうという謎の信頼感が僕の中で生まれています.

 

これを書き終えたらTwitterで麻枝さんご自身の言及があると某友人に聞いているので,この曲に関しては特に拝読したいです.

 

Code Blue

 

この曲は挿絵の影響で病気の女の子の話を想像してすごく具体的な想像をしながら聴きました.冬って病気のことなのかなとか,二人の別れはどうして訪れたんだろうとか.でも本当はいろんな寒さに凍えている人にも届く曲なんだろうなとは思います.

 

曲や歌い方の緩急にすごく心を動かされる曲でした.伝えようとした言葉を伝えなかった主人公の激情はとても切ない後味があります.

 

とにかく大好きなのは最後の「きみには両手いっぱいの〜」の箇所です.歌詞カードでそこを聴く前からちらっと目には入っていてとても重要なセクションだなと思っていたので,衝撃の表現でした.叫びのような歌い方でもおかしくないくらいの言葉なのに,誰に伝えようでもない呟きのようなコーラスだとは…

 

"伝えようとした言葉はコーラスに消え"じゃないですけど,最後まではっきりとは口にしない,そんな物語らなさがこんなにも素敵な感情を物語るとは!

ほとんどが相手の言葉で構成される歌詞で,でも全体を通底して感じるささやかな優しさや愛情が最後に爆発しました.

 

すごい体験で,まだあまり聴き直せてはいないですが初見の感動はこの曲が一番だったかもなと思います.

 

神殺しの唄

 

なんだかんだで今一番聴いている曲はこれかもしれないです.でも最初に聴いたときはいまいち曲の感慨の波に乗り切れなかったです.

 

まず曲の序盤にある問いかけ,特に「そのためにひとを傷つけて 敵ばっかり増やしてない?」はすごく刺さりました.僕はその恐怖に対して何の答えを持っていない,だからもっと歌ってくれ!と思っていました.

 

その後出てくる「きみ」の存在,そして「きみの瞳は真っ黒で闇を覗いてるかのよう」辺りで,ああこれ誰かの人生の話なのかと気付きました.

ただ抽象的な描写が多く,サビの盛り上がりがカッコいいなと思いつつも知らない映画のラスト30分だけ見ているような小さな疎外感を持ちながら途中聴いていました.いまいち感情移入はし切れないというか.

 

そしてラストで夢から醒めて歌詞世界のスケールが突然小さくなり,ごく個人的な話になったのは意外でした.

何か落とし所を作りたかったのか?とも思いましたが,ただ現実的な苦さを持った「夢」の中の話もまた真実であるはずだと直観的に思いました.

 

ただその話自体も初見ではいまいち掴めなかったので,自分なりにこの曲と向き合うためもう何遍か聴くことにしました.

 

聴いているうちに,「夢」とはあり得たかもしれない過去やあり得るかもしれない未来のことなんだろうと思いました.

ここで気になったことは,「朝食はパンで」と言う少年の顔は重責に歪んでいるのだろうかということです.

 

僕はけろっとした表情なのだと思います.そんな現実は周りに無いし,目の前にある小さくも確かな幸福を受け入れることは大切だと思うからです.

でもそれでいいのか?と思う自分もいます.終わりのない恐怖に囚われたとしても,それが生きる責任なんじゃないか?見なかったことにするんじゃなくて,向き合った上で別の方向に視線を遣るべきなんじゃないか?

 

解釈は自由かと思いますが,自由な部分こそ自分なりに解釈したいと思ってしまう質なので,誰かの解釈を傷つけていたらすみません.

ただ,僕にとってこの曲は自らの罪への恐怖と向き合う覚悟や勇気をくれる曲になっています.

 

goodbye

 

イントロが僕の愛する曲である坂本真綾の「cloud 9」を彷彿とさせてドキッとしました.一音一音が気持ち良くてとてもよいです.

さらっとした曲調と儚い詞の相性が最高で,私的ループで聴きたい曲ランキング1位です.

 

「きみ」が大切にされていることに加え,「きみ」を大切にしていることそれ自体も大切にされているのが好きです.

 

Satsubatsu Kidsの良さが詰まっている曲である一方で,アルバムの平均的な曲だという印象もあります.何度も聞いていったら好きになっていくスルメ曲的な予感がすごくありますね.

 

…と思っていたら,友人曰くこれはファンの間では"看護師ストーカー曲"で通っているそう…

えっ,もしかしてこの曲が一番味が濃いんですか?(これを書き終わり次第Satsubatsu KidsのTwitterを読みます)

 

終わったContents

 

とても好き.テンポチェンジで躁状態鬱状態を表現しているんでしょうか.とにかくテクニカルで聞き応えがあります.

 

詞はタイトルから想像していたのとは全く違って,制作に対する真摯な心根と熱い心意気がこれでもかというほど詰まっていました.

テンポが早くなるサビなんか特に,詞の情緒の激しさと曲の激しさがマッチしてものすごい迫力を感じました.

 

時折挟まれる暗闇からの言葉も,この曲においては麻枝さんという人の輝きをより際立たせているように感じます.それが端的に表れているなと思うのが「今日も超低空飛行で 死なない程度にいきましょ」で,サビと並ぶくらい好きです.

関係ないですが,最近ある方のTwitterをフォローさせていただいた時に,bioにこのフレーズが記されていたのがとても良かったです.

 

Real

 

ストレートな歌詞がたまらないですね.サビ後半の荒々しく歌う箇所(1サビだと「何が高尚なご託だ」以降)が素晴らしいです.何ならもっとぐちゃぐちゃにギターを掻き鳴らして叫んでくれてもいいんだけどなと思いました.これ本当にライブで聴きたい…

 

Cメロの「生きていくのは辛いよな」の一節でより深みを増しているんだと思いますが,結論を勿体ぶらずに最初からずっと歌い続けているのが本当にかっこいいです.

順序立てて聴かせるんじゃなくて,とにかく言いたいことを言っているんだというロックの魂を感じます.

 

そしてこれはCharlotteのHow-Low-Helloカバーだと友人から聞いたんですけど…ハロハロってこんなめちゃくちゃかっこいい曲を歌うんですか?She is Legendを好きな僕はもう好きに決まってませんか?これ聴くしかないですか?

 

灰色の羽根

 

これ聴いて真っ先に頭に浮かんだのは村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です.「少女」が「図書館の女の子」だとは全く思わないですが,あくまで世界観の類似として…

 

あまりこの曲のことを理解している自信が無いので感想を書こうにも書けないよというのが正直なところなのですが,半年後に一番好きな曲はこれになっている気がするという予感があります.そのくらい衝撃を受けたし,壮大で切実なものを感じ取りました.

 

「積み上げた灰色の小石」は賽の河原の石積みかもと思わせられます.壁を隔てて現実世界の反対側にある世界は,死後の世界や精神世界のようなものなんだろうと想像しています.そしてふたりに幸せな結末が待っている可能性はそんなに高くないと思います.でもこの出会い未満の出会いに意味があったのだとは強く思います.

 

いや分からん,でも良い.

 

Question Time

 

ちょっとこれは良すぎますね…

曲も歌詞も最高です.特にサビのどんよりとした歌詞を軽快に歌い上げる感じがいい.「割いて割いて」の気持ち良さと来たら無いです.ひょんさんの歌声にも合っていると思います.

 

どうしてこんな後ろ向きな曲に,こんなに元気を貰えるんでしょうか?これは人間讃歌とは真逆の形をしている曲ですが,少なくとも僕のクソだけどちょっぴり美しい人生への讃歌ではあります.

 

尖っているのに聞きやすい曲に仕上がっていると思います.邦ロック好きにはかなりの確率で刺さると思いますし,めちゃくちゃみんなに勧めたい曲です.

 

Hanabi

 

この曲もめちゃくちゃ人に勧めたい曲です.物語調の曲がいくつかある中でもこれは本当に表現における取捨選択が絶妙で,作品としての普遍的な価値を感じます.そして僕は泣きました.

 

初見ではノスタルジックな雰囲気のよさ,そして歌詞の分かりやすさがいいなと思いました.分かりやすいけど説明的でないところが良い塩梅だと感じる一つの要因でした.

ただ僕がこの曲を愛する一番の理由はそこではなく,色んな想像ができる広がりです.特に「つまらないものばかりいつも愛した 増えては困る猫ばかり拾ってた」という永遠に色褪せない至極の歌詞がよいのですが,恥ずかしながら初見ではあまりピンとは来ませんでした.

 

曲のラストでそのフレーズが繰り返されたことに気付き,あれここってそんな大事なところなの?と思いました.むしろこれは「僕」の自分語り?それってどんな性格なんだ?と違和感に近い感情をおぼえた記憶があります.

 

よく考えたらこの描写は「僕」のことではあるけれどその瞳には「君」が映っていて,「僕」がそう在ったのは「君」がいたからだと思いました.つまりこれは二人の関係性そのものなんだと気付いて,そのときその尊さと切なさに涙が出ました.

 

「守られ続けた僕らがいた そんな意味は忘れたままでよかった」とか「今度は僕が笑って見せるから」とかもう文字で見ているだけで胸が締め付けられます.歌だけでこんなにずっしりと質量を持った物語を描けるものなんですね…

 

ひきこもりの唄

 

この曲だけは別格という感想です.なんか理屈ではなく一番心の奥深くに突き刺さりました.それ以上の感想はないです.

 

友人に「麻枝さんのver.がある」と聞き,感想書いてから聴こうと思ってたんですが我慢できず聴きました.僕が泣いたのはHanabiとこの麻枝さんver.の2回でした.「子供ん時は無敵で」以降の魂のこもった叫びは鳥肌が立ちました.この曲はどうしてか分からないけど特別に感じます.

 

きみの記憶

 

最初は一瞬ホラーかと思いましたが,タイトルを思い返して納得.穏やかな音楽と愛に満ちた主人公が聞き返すたび切なくなります.

 

全てが一点に繋がりすぎているので,どうしてもクリア済みのストーリーの2周目3周目を見ている感が出てしまいあまり何度もリピートしたくなる類の曲では個人的に無いんですが,Hanabiと並ぶ名作であることは疑いようが無いと思います.

 

僕は麻枝さんの曲ではbus stopが昔から好きで何度も繰り返し聴いていたので,ヘブバンが完結したらこういうタイプの曲もまた是非書いてほしいです.

 

Autumn Song

 

この曲でエンディングとは,さすがにスタンディングオベーションしたくなりました.シンプルに曲がいい.

 

僕は割と人生の夏はもう終わり秋に差し掛かっているなと,まだ青二才であることも同時に承知しながらも,そんな自覚が出てきたところでした.そんなこともあってこの曲が纏う雰囲気がとても温かく,これは僕のための歌じゃないかと思いながら聴いていました.

 

「また出会えたら 酒でもおごるよ 世界は広い どうかこの奇跡に乾杯」が一番好きな歌詞です.

重ねた人生の軽さに押し潰され,将来も崖しかないかもしれない人生においてでも,今この瞬間の奇跡を立ち止まって乾杯する,それはとても歓びに満ちているよなと本当に思います.

 

 

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(宣伝)

最後にXAIさんの最新アルバム「WAVES」とても良いので良ければ聴いてください.

EP「WAVES」

仙台にて

 

She is Legend「Extreme Flag」仙台公演に参加してきました.公演のネタバレを少し含むので,見たくない方はブラウザバックをお願いします.

 

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11時ごろ仙台駅に着くと外は雨.甘く曇った明るい空から降る雨粒はなんだか皮肉じみていて,Pain in Rainのことが思い出される.とはいえ散々濡れて震えてさらに鼓動の音も奪われてはまずいので,屋根のあるところでもぶらつくことにする.

 

 

屋根に導かれるままアーケードを歩く.休日の商店街は楽しげな話し声に満ちていた.今宵のenn 2ndをこの街で一番熱い場所にする,このデイリーミッションはそう簡単ではないだろう.

見慣れたチェーン店が立ち並ぶ中,政宗公の横断幕を見て仙台を実感する.ついでに昔読んだ土井晩翠の随筆「雨の降る日は天気が悪い」を思い出した.

題名は伊達政宗が発した言葉である.この言葉は時に皮肉を込めて「当たり前のこと」という意味で使われるが,確かそんな話ではなかったはずだ.可哀想な晩翠を慰めるべく,記念館的な何かをGoogle検索.…ここから程近いではないか.僕の流浪の宛が決まった瞬間であった.

 

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アーケードの終わりが近づく.それはすなわち屋根の終わりを意味する.傘を開く準備をしながら歩いていると,雨足がかなり弱まっていることに気付く.僕は「さよならの速度」をふと思い出す.

あまり気にしちゃいけない 通り雨のようなもの

さよならはさも当然のように過ぎゆく

僕はこの旅の正しさを確信した.これは「屋根の下」から「仙台」への大いなる第一歩だ.それを無くして,すなわち「僕は仙台に居る」という実感なしに伝説を本当の意味で目撃することはできないのではないか.シーレジェに背中を押され,目的地へ歩く.

 

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その建物は晩翠草堂と言うらしい.晩翠が息を引き取るまでの3年半余りを過ごした旧居であった.呼び鈴を鳴らし中へ入ると,そこには昭和時代から時が止まっていたかのような,歴史を感じる和室と長閑な庭園が広がっていた.この永久を内包した景色を見れば,僕でもこの地を「千代」と名付けるだろう.

茅森がロックに魂を込めるように晩翠もまた,「荒城の月」の詞に魂を込めた.公演前に音楽の素晴らしさを再認識させられるとは.

 

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だらだら店を回って昼食を済ますともう開場時間が迫っている.昼食は牛タンを食べた.安直で良いのだ,こういうのは.

空は相変わらず雲に覆われている.並んでいるうちに雨粒は無視できない重さに変わり,皆タオルや折り畳み傘で防御態勢を取る.雨よ,今のところはお前に屈したが,この程度で意気を挫けたと思うなよ.なぜなら出てくる頃には汗だくで結果は同じだからだ.心の中でそう捨て台詞を吐いて会場入り.かなり後方だけれどもこの会場,近い.茅森のBraveBlueも届くような距離で,見届けよう.伝説を.

 

 

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会場を出た時には疾うに日は暮れ,街の温かな灯りは冷たく澄んだ空気を紛らわせていた.

 

 

たくさん叫んだ.一緒に歌った.みんな気持ちは同じだった.たくさん目が合った.一緒にクラップした.後方まで本当に受け取りきれないほどの愛が届いていた.

永遠に続けと願った.何度も繰り返し聴いた放課後のメロディ,どうしてこんなに涙が出るのだろう.Goodbye Innocence,ロングトーンはきっと未来に向けて伸ばしているんだろうな.

 

 

コンビニで「食彩」なるビールを買いホテルへ.ほう,XAIを冠するとは良い度胸だ(香り高くて美味しい!少し苦め).XAIさん今日も一段と可愛かったな.ライブのXAIさんは本当に可愛くて美しくて強くてしなやかで,つまり,可愛い.

 

明日起きられるのかというのは愚問も愚問である.こんな最高すぎる今日を終わらせることなんて,素面の僕には到底無理だ.

 

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呑みながら今日のセトリを懸命に思い出す.ようやくプレイリストを作り終え頭から再生する.最初はもちろんあの曲だ.熱狂が甦る.ふといつもの癖でループ再生ボタンを押す.そして気付く.繰り返し得ない.

そうか,今日という素敵な日は胸に永遠にとどめておくべきなのだ.二度とない,だからこそライブはいいのだ.急にビールが苦く感じた.このホップの苦味を糧にして,ステップ・ジャンプと3段跳びしていかねば.

僕も前を向こう.

 

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とかいいつつ,土曜日にはまたスペルバ×ブンサテを聴きに仙台へ戻ってくるのだ.こんなに幸せなのは一重にXAIさんのおかげなので責めないでいただきたい.

 

さて,そろそろ2缶目を開ける前に投稿しておこう.それじゃあホップ・ホップじゃないかって?まあまあ.まだ夜は長い.